カシオペアの丘で(上)


【ユーザーによる評価】 平均評価: 4.0/ 総数: 25件
[4点] 綺麗な悲劇
約30年振りに再会した親友たち。それぞれが歩んだ時間の中にも消えることなく残っていた喜びと公開の記憶。綺麗な悲劇を描く著者が持ち味の馴染みやすい描写で読者を引き込んでいく。ただ、あまりにも悲劇の主人公が登場し過ぎるのも大作を薄味にしてしまうように感じる。 (2007-11-06)
[4点] 死と再生、罪と贖罪
 この作者の作品を読み通したのは初めてである。評価が高い作家だが、やはり設定などは非常に上手い。印象としては小説と言うより、映像作品を観たような読後感を持った。ひとつには、「少年少女時代からの夢・友情」「主人公たちの持った罪・運命」という設定、そしてそこに合ったキャラクターを先に決めて、そこから行間を埋めていったという印象があるからであろう。

 悪く言えば、ラストの贖罪・許しのカタルシスというゴールに行くために強引にストーリーが進んでいくような部分もある(上巻の最初の方は自然な感じがあるが、途中からスピードアップすると細かい部分のあらが見えてしまう)。たぶんこれがテレビドラマやコミックであれば非常に良くできた作品なのであろうが…。

 とは言え、上下巻読み通してみると、よくできた娯楽作品(全体にはつらい話だが)なのは間違いない。関東の人間には北海道という場所はロマンチックな響きを持つと思うので(これで舞台が南国だと悲劇度が変わってくるだろう。寒さや雪=全てをリセットするイメージがいい)、日常を離れてフィクションの世界に浸りたい人にはおすすめ。そしてもどった時には家族や友情を再認識するかもしれない。
  (2007-10-23)
[4点] 生きている証
中学校の倫理の先生が言っていた言葉を思い出した。
「人は日一日と、死に向かって生きる」

早いか遅いかの違いで必ず死ぬのに、それでも何かを成し遂げようとしたり、手に入れようとしたり、がんばろうとしたり、愛したり、なぜそんな風に必死になったりするのだろうか。
永遠に考えてもわからないくせに、考えても考えなくても、成し遂げても手に入れても愛しても、どうせみんな等しくいつかは死ぬのに、じゃあ明日にでもすべてを投げ出して生きることを終わらせちゃおうか、なんて多くの人は考えない。
それは「生きる」事の最後のゴールや答えや結末は、必ず直面する「死」では決してありえないのだ、ということの、それぞれの命を懸けた証明なのかもしれない。
死に向かって生きている、と言った先生の言葉は本当でも、私だって命を懸けて毎日を使って証明しよう。
自分だけの人生を、暖かな仲間とともに。 (2007-10-13)
[3点] 大作≠名作
私はガンの進行に伴う患者の容態・感情の変化に興味が引かれ本書を手にとった。

語り手が一章ごとに変わっていくため飽きずに読むことができ、また登場人物らの感情の変化が大変細かく描写されていて非常に興味深かった。
が、それ以上でも以下でもなかった。

上巻で予め結末の伏線が張ってあるのがその一因であろう。読者はその過程を辿るように下巻を読まざるを得ない。また過去にとらわれている登場人物たちが次第に未来に目を向けるという設定は良い。しかし著者はテーマ「自他を許せるか」を半ば強引に登場人物全員のそれにしてしまったため、無理矢理感は否めなかった。

そのような理由で☆3つ。 (2007-10-10)
[5点] これは恋愛小説ですね。
一年の約半分は雪のせいで予定が狂いっぱなし。
隣の町までは何キロもあって、交流の機会はほとんどない。
幼稚園から高校までまわりのメンバーは同じ。
友達のお父さんが担任の先生だし、その奥さんは音楽の先生だったり。
これがごく普通の北海道の田舎町です。

ここから東京へ出ていくこと自体、大変なことです。
それが20年前であれば尚更ですし、
広い東京で偶然であった幼なじみと肩を寄せ合ってしまうのは、
自然の成り行きです。
北海道で生まれ育った人間には理解できることです。
重松さんはよく調べていらっしゃると思いました。
この予備知識がないと、ストーリーが飲み込みづらいと思います。

わたしは美智子の立場でこの本を読みました。
旦那様は尊敬しているし、いままで幸せに暮らしてきたけれども、
忘れられない人がいる。
手に入らなかったものは、何年経ってもキラキラしているのです。

この小説が受け入れられるのは、主人公たちと同世代か、
それ以上の人たちにでしょうね。


(2007-10-05)
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